若手で一目を置かれるラッパー「Red Eye」についてまとめ!

HIPHOP

皆さんこんにちは!この記事を書いていますY君です!

皆さんはRed Eyeというラッパーをご存知でしょうか?今若手の中でも飛び抜けて実力を発揮しているRed Eyeさんですが、彼の壮絶な過去や現在の活動までまとめてご紹介させて頂きますね!



プロフィール

生年月日2002年2月23日
年齢現在21歳
出身地大阪市住之江区加賀屋
本名宮本大地
学歴加賀屋中学校卒業
引用Wiki(https://ja.wikipedia.org/wiki/Red_Eye)

Red Eyeさんは2002年生まれの現在21歳です。出身地は大阪市住之江区で、同じ地元のラッパーでは、MC TYSONさんがいますね!MC TYSONさんにつても別記事でまとめているのでよろしければどうぞ!

また、本名は「宮本大地」という名前で、とてもかっこいい名前ですね!

「宮本」という苗字は、大阪、茨城、兵庫県が多いいことから、Red Eyeさんの家系は代々大阪にゆかりがある家系なのかも知れませんね。

Red Eyeさんの過去

Red Eyeさんと言えば、アンダーグランドなイメージが強い方も多いと思います。そんなRed Eyeさん、まさに自身の曲にもある「少年A」と言われるほど壮絶な過去を持っています。

「少年A」とは、1997年に起きた「神戸児童連続殺人事件」の犯人、酒鬼薔薇聖斗と名乗る少年が法律上、名前を公開することができないことから「少年A」としてニュースなどで報道されたことがきっかけです。

この事件はとても凶悪で当時14歳だった中学3年の男子生徒が児童5人を襲い、うち2人を殺害した少年事件です。

この事件についての詳しい情報はこちらからどうぞ↓↓↓



Red Eyeさんの壮絶な少年期

まず彼のキャリアを語る上で、遡るのは12歳の頃になります。彼の生まれた住之江区には、競艇場があり、比較的治安が悪い場所という訳ではないのですが、海沿いの工業地帯や、住之江公園前駅周辺などは不良や酔っ払いが集まっており、治安が悪いと言えます。

常にナイフを持ち歩く少年?!

そんな場所で育ったRed Eyeさんですが、彼は地元でかなりのワルとして名前が知れており、Red Eyeさん曰く、「常にナイフを持ち歩いているような少年だった」そうです。

治安の良い場所で育った私からは考えられない、とても危ない少年ですね。。。

ちなみにナイフを持ち歩いてた理由としては、「教師を刺すため」であり、実際に職員室で教師を刺そうとし、警察を呼ばれ一時保護されたこともあるそうです。

また、幼い頃から薬物をしていたという噂もあり、とてもクレイジーな少年期を送っているようですね。

童貞卒業は〇〇才

Red Eyeさんが童貞を卒業したのは、中学1年生の時のようで、当時付き合っていた1つ年上の彼女と一緒に年越しをしようと話していたところ彼女と喧嘩をしてしまい、その時に2つ上の先輩から連絡が来て、そこで童貞を卒業したようです。

その後、付き合っていた彼女ともしっかり仲直りしたそうです。笑

この中学校1年生の夏頃から彼は不良の道を歩んでいくことになるそうですが、そこにはある人の存在が大きく関わっているそうです。



父親が地元でも有名な悪?!

Red Eyeさんはインタビューにて父親のことをこう語っています。

環境のせいにはしたくないんですけど、父親は〇〇〇中で30年ぐらいイキまくってて、女のとこを渡り歩いてた。けど、その道ではしっかりした名前のある人で。多分どっかで憧れもあっただろし、(父親を)超えたいっていうのもあったと思うんです。

父親に関してはRed Eyeさんが2,3歳のころに家を出て行ったきり、4年に一度くらいのペースで家に帰ってきては、少し住んでまた外に出ていくような生活だったそうです。

しかし、母親は自分を犠牲にしてでも愛情を持って育ててくれる優しい人だったそうです。

そんなRed Eyeさんに対して、父は比較的に優しかったようですが、母に対しては色々と問題があったようで、不良になれば父に会うことができる、そして母に謝らせることができると考え不良の道を歩むことを決めたようです。

普通の不良とは少し違う理由で不良になることを決めたRed Eyeさんはやはり特殊な家庭環境だったと伺えますね。

しかし、不良の道を極めれば極めるほど、父がかなりの不良であったことを知り、そんな父に対して憧れや超えたいという感情も芽生えてきたそうです。

そして、二人は偶然か、必然か、出会うことになります。

その後、父から薬物の売り方などを学んだのだとか。Red Eyeさん曰く、父親というより、悪い先輩に近い存在で商売はこうやってやるものだと教えてもらったそうです。

そして、Red Eyeさんは不良として全国を制覇するという目標を持っていたそう。規模が全然違いますね笑

ラップを始めるきっかけは〇〇!

Red Eyeさんの性格は「中途半端が嫌いで、何かを極めるなら他のことに片足を突っ込んだりしたくない」と語っており、不良の道を極めれば、いずれ極道か半グレになるのは間違いなかったそうです。

しかし、そんなRed Eyeさんはあるラッパーが2012年に発表したある楽曲をきっかけにHIP HOPに目覚める事となります。

そのラッパーとは、「悪党の詩」で有名なD.Oさんです!Red EyeさんはD.Oさんの曲を聴いて、綺麗事だけじゃない、過激で危険な歌も歌っていいのかと衝撃を受けたそうです。

また、Red EyeさんのD.Oファンだったエピソードとして通っていた中学校の校門に落書きで大きくD.Oと書いていたそうです。表現の仕方がまさに不良そのものですね笑

その後は、適当にリリックを書いてみたり、他の人の曲を真似て作ってみたり、ビートを流してフリースタイルラップをしたりしていたそうで、そんな中、友達何人かと公園でラップをしていたら、30手前ぐらいのBボーイの人たちが参加してきて、その人たちがやっているサイファーに誘ってもらったそうです。

Red Eyeさんはラップの上手い人とラップをして上達したいと考えていたので、その後も一人でそのサイファーに参加していたそうです。やっぱり彼はストイックですよね!



中学2年の時に初ライブ!

Red Eyeさんの初ライブはなんと中学2年の時だそうで、大阪の緑橋にある戦国大統領というはこで行ったそうです。

そして、この時にライブの告知フライヤーでMCネームを載せないといけないという話になり、先輩たちから「いつも目が赤いから」という理由でRed Eyeという名前を付けてもらったそうです。

なんで目が常に赤いのかはご想像にお任せします。。。

戦国大統領というクラブはライブをする年齢層が40,50歳ごろとかなりアンダーグランドなクラブで、そんな中行った初ライブの感想は「めっちゃ緊張した」だったそう。

Red Eyeさんもちゃんと中学生なんだなとわかるちょっと可愛らしいエピソードですね笑

初ライブには30人ぐらいの人を集めて連れて行ったそうですが、最初からそんな人数を集められる人もなかなかいない中、Red Eyeさんの人望なのか、こいつヤベェなという雰囲気が漂っていたそうです。

高校生ラップ選手権出場

ここまで順調にラッパーとしてのキャリアを積んできたRed Eyeさんですが、そのMCネームをより全国へと押し上げるイベントへの参加がありました。

それこそ「高校生ラップ選手権」いわゆる「高ラ」と言われる大会です。

そんなRed Eyeさんの高ラでの戦績を見ていきましょう!

初出場は第12回大会

この大会でRed Eyeさんは高校生ラップ選手権に初出場を果たします。皆さんの中にもこの時のRed Eyeさんのインパクトが鮮烈に覚えている人も多いのではないでしょうか?

赤色のサングラスに、ブレイズヘアという何とも高校生では珍しい見た目と独特のフロウ、適所にばら撒かれるサンプリング、レゲエ調でメロディアスなラップと同世代では頭ひとつ抜けている印象を私は持ちました。

そして、何とこの大会でRed Eyeさんは初出場ながらベスト4まで進出しました。

準々決勝ではTERUさんと対峙し、この大会のベストバウトとも呼べる名試合を繰り広げ惜しくも負けてしまいましたが、大きなインパクトと名前を全国区にした大会だったと思います。

第13大会出場

Red Eyeさんは第13大会と続けて出場します。この大会では前回のインパクトから優勝候補とまで言われるほど、多くの人から注目が集まっていました

そんな中での第一試合は当時は無名であった「阿修羅」さんとの試合。この試合ではRed Eyeさんは実力を発揮することができず、初戦を敗退してしまいます。

この時対戦した阿修羅さんにつて紹介している記事もあるのでぜひご覧になって下さい!

その後、阿修羅さんは準決勝まで駒を進めますが、HARDYさんに敗れ、HARDYさんも決勝ではG=HOPEさんに敗北しています。

しかし、この大会では、ただ一回戦で負けたという訳ではなく、審査員を務めていた「ANARCHY」さんから「更生したら俺のところ来て、一緒に音楽やりましょう」という約束をしてくれています。

これはRed Eyeさんにとっても大きな喜びとなったのではないでしょうか?

第14回大会出場

この第14回の大会は神回と言われることの多く、とても盛り上がった選手権でもあります。

Red Eyeさんは「この大会でカマせなかったらラップをやめる」という覚悟でこの大会に挑んだのだとか。

Red Eyeさんはこの大会で「やっとわかったぜ俺のやり方、ABCD THC、HIJK LSD」というパンチラインで場を沸かしました。今までの過去を知っていると何ともRed Eyeさんらしいパンチラインですね笑

そして、ついにRed Eyeさんは決勝へと駒を進めます。決勝の相手は前回大会の準優勝者で、優勝候補のHARDYさん。

お互いに一歩も譲らない戦いを見せ、Red Eyeさんは惜しくも敗退してしまいます。

第15回大会は欠場

Red Eyeさんはこの大会には欠場しています。その理由はこのまま15回大会に出場しても自分は優勝することが出来ないと考えたからだそうで、やるからにはテッペンを取るというRed Eyeさんの意志で、ラップのスキルを磨くことに専念していたようです。

第16回大会出場

満を辞して出場した第16回大会、この大会では過去の優勝者や、審査員特別枠などハイレベルな試合が多かった大会です。

そんな中、第一試合では「ベル」さんと対峙し、喧嘩腰のオラオラくるベルさんに対して、相手の土俵に乗ることなく、「本当の男の強さとは、喧嘩の強さや頭の賢さなんかじゃなくて心の強さ」など自分らしさ全開で挑み、見事勝利。

その後も順調に決勝まで駒を進め、決勝戦はNovel Coreさん

Red Eyeさんは一度高校生ラップ選手権でNovel Coreさんに負けており、因縁の対決として注目されました。そんなRed EyeさんはNovel Coreさんに対して、

「黙れ、12回の一発屋さん、お前は表現者として失格だな。」

「数字と結果が全て物語ってる。お前みて武道館立って世界を変える?」

「マイケルジャクソンにでもなったつもりか?」

と強烈なディスをかまし、見事優勝しました。結果を見るとRed Eyeさんの独壇場のような大会だったと思います。

また、この大会でRed Eyeさんは先行後攻を決めるジャンケンでも全勝するという珍記録も生み出しています笑

そしてこの大会をきっかけにもうバトルには出ないと宣言し、音楽でゆくゆくは世界を目指したいと語りました。



ついに憧れのあのラッパーとの共演

高校生ラップ選手権とラッパーの登竜門とも言えるステージをクリアしたRed Eyeさんはその後、インタビューで答えた通り、楽曲制作に専念し、数々のシングルを発表。そして18歳の時に地元のアメ村でワンマンライブを開催すると即完売と大成功を納めます。

そんな中、、Red Eyeさんの目の前についに憧れのあのラッパーは姿を表します。

それはD.Oさん!Red Eyeさんがラップを始めるきっかけとなったD.OさんがRedEyeさんとの楽曲制作をする機会が訪れました

Red Eye × OVER KILL (FUJI TRILL & KNUX ) – POCKET Remix Feat. Jin Dogg & D.O

この楽曲はRed EyeさんとOVER KILLさんがタッグを組み作成した曲に、大阪出身の大先輩jin DoggさんとRed Eyeさんを不良の道からラッパーへと導いたD.Oさんがフューチャリングする形で初のコラボが実現しました。

初めてD.OさんとRed Eyeさんが対面したのもこの楽曲のMV撮影の時のようで、

この時、D.Oさんは刑務所への収監が決まっており、投獄される2.3日前だったそう。Red Eyeさんも当時の記憶がとても印象的に残っているそうです。

D.O × Red Eye / 悪党の詩 REMIX

この楽曲は、D.Oさんの代表作とも言える、「悪党の詩」にRed Eyeさんがフューチャリングした形で実現しました。

Red Eyeさんからすれば、自分がラッパーになるきっかけとなった曲に歌っている本人と一緒に自分も同じビートに乗って歌えるということは本当にすごいことであり、また、HIP HOPドリームを叶えているのではないでしょうか!

高ラで交わしたあのラッパーとの約束が実現

先ほど紹介した高ラであのラッパーと交わした約束を覚えていますでしょうか。

そう、「ANARCHY」さんとの約束です。

Red Eye × OVER KILL(FUJI TRILL & KNUX) – POCKET 2.0 feat.ANARCHY

この楽曲もD.Oさん達とフューチャリングした楽曲にAnarchyさんがのちに参加する形で実現した曲になっています。

このレコーディングの際に、Anarchyさんは4,5回でレコーディングを済ませ、そのレジェンドっぷりにRed Eyeさんもくらったそうです。

曲の中でも、

「Anarchyと遊べば記憶はゼロ」

「言いたいことは分かってる、聞いてほしいなら一番後ろに並べ」

など、Anarchyさんのレジェンドさや、Red Eyeさんとの仲の良さが伝わってきますね。

おすすめの曲

ここからはRed Eyeさんのおすすめの曲をいくつか紹介させていただきます!

Red Eye / Dear Family(Pro 下拓) 

この楽曲は「届けるお前がいるその塀の向こうに」と歌詞にもるように、今は刑務所にいる友達に向けて歌った曲であり、今の自分の状況と仲間に対するRed Eyeさんの愛が歌われています。

現在、YouTubeでも700万回再生を超える、Red Eyeさんの代表作とも言える人気の曲です。

Red Eye / 少年A

この楽曲は、過去にRed Eyeさんが少年Aと呼ばれていた過去から脱却し、音楽で高みを目指すという意志が歌われています。

Red EyeさんらしいレゲェとHIP HOPのハイブリットな曲という印象です。メロディアスながら、しっかりとライムをしていくスタイルでとても聴き心地のいい曲となっています!



まとめ

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。Red Eyeさんの人生は過去こそ辛いことも多かったようですが、周りの大人や、HIP HOPというカルチャーに出会い、不良からいい意味で抜け出したのではないでしょうか?

今のRed Eyeさんはとても落ち着きがあり、不良時代の面影があまり出ていないようですが、それもかっこいい男の定義を背中で語ってくれる大人が周りにたくさんいるからなのではないでしょうか。

これからの時代を絶対に担っていく存在のRed Eyeさんの動向にこれからも目が離せないですね!

それではまた!

他にもHIP HOPに関する記事を多数挙げていますので、是非ご覧になって下さい!

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